こんにちは、Shin(@Speedque01)です。2017年上期の直木賞「月の満ち欠け」を読了しました。「虚構と現実をさ迷う純愛物語」という表現が、自分の中ではしっくりきています。
「月の満ち欠け」は、すでに作家として多数の作品を出版されている、佐藤正午氏の長編小説です。
アマゾンでの内容紹介は下記になります。
新たな代表作の誕生! 20年ぶりの書き下ろし
あたしは、月のように死んで、生まれ変わる──目の前にいる、この七歳の娘が、いまは亡き我が子だというのか?
三人の男と一人の少女の、三十余年におよぶ人生、その過ぎし日々が交錯し、幾重にも織り込まれてゆく。
この数奇なる愛の軌跡よ! さまよえる魂の物語は、戦慄と落涙、衝撃のラストへ。
三人の男と一人の女性を巡る純愛物語。個人的には「君の名は」の数十倍「前前前世」が合う小説でした。(曲調はもっとしっとりしていたほうが合うのかもしれないですが・・・)
www.youtube.com著者:佐藤正午氏とは
佐藤正午氏は1955年生まれの作家です。直木賞の受賞時には62歳であり、かなりキャリアを積んでいる小説家だといえるでしょう。
下記、佐藤正午氏の経歴となります。
長崎県佐世保市生まれ。長崎県立佐世保北高等学校卒業、北海道大学文学部国文科中退。大学在学中、同郷の作家野呂邦暢の『諫早菖蒲日記』(1977年)を読んで感銘を受け、ファンレターを書いて返事をもらったのをきっかけに小説を書き始める。1979年に大学中退後は佐世保に戻り、1983年に2年がかりで書き上げた長編小説『永遠の1/2』(えいえんのにぶんのいち)がすばる文学賞を受賞し作家デビュー。
筆名の「正午」は、アマチュア時代に佐世保市内の消防署が正午に鳴らすサイレンの音を聞いて、小説書きにとりかかるという習慣から思いついたという。
その他の代表作は『リボルバー』(1985年)、『個人教授』(1988年、山本周五郎賞候補作)、『彼女について知ることのすべて』(1995年)、『Y』(1998年)、『ジャンプ』(2000年)、『身の上話』(2009年)などで、『Y』と『ジャンプ』はベストセラーとなった。2015年、『鳩の撃退法』で山田風太郎賞受賞[5]。2017年、『月の満ち欠け』で第157回直木賞受賞。
競輪を長年の趣味としており、永遠の1/2や短編集『きみは誤解している』、競輪についてのコラム集『side B』など、競輪を題材にした作品もいくつか出版されている。
ペンネームの決め方が、なんというかセンスがあってかっこいいですね。
小説家らしいというか、朴訥としていて飾らない人柄も下記の記事から感じることができます。
きょう25日が62歳の誕生日という佐藤さん。まずは「佐世保で誕生祝いをしているわけではありません」と軽いジョークを入れ、会場を沸かせた。
続いて、「作家はこの年齢になると、体のあちこちにガタがくる。僕も体力的に不安を抱えており、(東京行きという)慣れない長旅で仕事ができなくなるのでは、元も子もない」と体調面での不安を明かした。そのうえで、今後の抱負については「もうひと頑張りしたい。ものを書く仕事を続けること、それしか直木賞へのお返しの方法はありません。欠席の“言い訳”は以上です」と述べた。
ぼくは「月の満ち欠け」を読了した後に、佐藤正午氏の経歴やエピソードを拝見したのですが、小説の内容と佐藤氏のキャラクターには少しギャップがあるなと感じました。「直木賞贈賞式欠席」というぶっ飛んだ行動からは想像し得ないほど、「月の満ち欠け」は繊細で美しい小説なのです。
では、下記で登場人物とあらすじを記載していきますね。
登場人物とあらすじ
まずはメインとなる登場人物から紹介します。Amazonでの紹介に書いてあった、「3人の男性と1人の少女」ですね。「1人の少女」を紹介することは物語の構成上困難なので、ここでは「3人の男性」と、それに紐付くあらすじを紹介していきます。
小山内堅
最初、物語の中心となる男性です。彼は、石油元売の中堅どころの企業に就職し、同僚でありかつ高校の後輩である「藤宮梢」と結婚しました。挙式後ほどなく梢は妊娠し、娘が生まれました。その娘の名前は「瑠璃」と名づけられ、元気にすくすくと育っていきました。
7歳をむかえたとき、瑠璃は高熱を出し、1週間ほど意識が混濁するという謎の病気に襲われました。1週間後にはすっかりなおったのですが、梢は「瑠璃の様子がちょっとおかしい」と小山内に相談をします。
「ちょっとだけって、また熱か?」
「ううん、熱はない。ずっと平熱だし、そっちのほうは心配ないけど。急に、なんか・・・」
「なんだよ」
「・・・なんだかあの瑠璃が、急におとなしくなったみたいで」
「元気がないという意味か?」
「そうじゃない。元気がないとか、そういうんじゃない。おとなしくじゃなくて、どう言うのかな、たぶん、おとなびる?」
梢がもってまわった言い方をしたこともあり、小山内はあまりこのことを気に留めることはありませんでした。しかし、その後も瑠璃の「異変」は続きます。瑠璃は、友達のお誕生会で黛ジュンの「黒ネコのタンゴ」を歌ったというのです。
7歳の女の子が、知るはずがない歌です。
「どこでそんな歌をおぼえたんだろう」
「だから」低めた妻の声に苛立ちがまじった。「いまその話をしてるんでしょう」
「どこで覚えたのか、心当たりでもあるのか?」
歌以外にも、梢は瑠璃について不審な点があると小山内に主張します。小山内と梢は議論を重ねていったのですが、瑠璃は廊下の暗がりで二人の会話を聞いていたのです。
途中まで言いかけて妻は小山内の目配せに気づいた。腿の上で動かしていた手を夫に押さえつけられ、窮屈な姿勢で戸口のほうへ首を振った。
瑠璃は廊下の暗がりに立っていた。
パジャマ姿の娘は眠たげな目を細めて両親を見守っていた。
瑠璃が抱えている秘密とはいったい何か。瑠璃がおかしいのか、梢の心配しすぎなのか。
その後、物語は急展開を迎えます。
三角哲彦
3人の男性の中で、もっとも重要といえるのがこの三角哲彦です。
三角は1980年代の後半に大手の建設会社に就職し、順調にキャリアを重ねて言っている男性です。本社総務部長の辞令も受けており、「エリート」といえる人です。
ざっと経歴を見ていると非の打ち所がないように思えるのですが、ひとつだけ気にかかるポイントがあります。それは「大学を卒業するのに5年かかっている」ということです。
はみ出した部分の見当たらない、四隅の揃った書類束のような男の半生に、一年だけ無駄がある。
三角の大学時代の「はみ出した一年間」、ここが「月の満ち欠け」を語る上で欠かせないものになっていきます。
三角は大学二年生のとき、レンタルビデオ店でアルバイトをしていました。あるとき三角が出勤すると、店の前に見知らぬ女性を見つけました。
七月初旬、季節は梅雨の真っ最中で、その日も早朝から雨脚が激しかった。地下への階段を下りてきた三角も、店のドアのそばにいた女の人も、雫のしたたる雨傘を手にしていた。
この女性と、三角は深く交流することになります。そしてそれは、小山内の娘「瑠璃」の異変の原因にもつながっていくのです。
正木竜之介
正木竜之介は順調に学生生活をすごし、大手工務店に採用され、さらにはすぐに一級建築士の資格も取っています。三角同様、彼もいわゆる「エリート」でした。
工務店の社員として活躍していたあるとき、先輩に銀座の喫煙具専門店に連れて行かれました。そこで出会ったのが将来伴侶となる女性でした。その女性は喫煙具専門店のスタッフで、「奈良岡」と名札がついていました。
奈良岡からしたら、正木はただの客です。しかし、正木はあきらめずにアタックを繰り返し、ふとしたときにランチを一緒に食べることができました。
「お昼まだなんですか」
「うん、るりさんは?」
「学生さん相手のお店なのよ」
「うん?」
「オムライスとかメンチカツとかナポリタンとか」
「ああ、入ったことあるんだ?」
「コロッケとかハンバーグとか」
「僕はそれでいいけど」
その後交際に発展し、正木と奈良岡は結婚をします。順風満帆かと思われたのですが、途中で仲がぎくしゃくしてきます。そんなときに、奈良岡は「ある男性」と出会うことになるのです。
リアルなフィクション、そして純愛。
淡々とした筆致の物語なのですが、「明らかにフィクションであろう」と思われる仕掛けがひとつ入っています。しかしながら、読んでいくにつれて「もしかしたらこれは本当に起こってもおかしくないのではないか」という気持ちになっていきます。
この不思議な説得力は、佐藤正午氏の熟練した文章力に拠るものなのでしょう。背筋がぞくっとする不気味さがあり、文中にある小さな伏線が次々と回収されていくミステリー的な面白さもあります。
しかしながら、そのようなミステリー的な側面はこの本の主題ではなく、何よりも「生まれ変わっても人を愛する」という想いの強さがテーマなのではないかな、という印象をぼくは受けました。一見恋愛がメインには見えない本ですが、実は愛がテーマとなっている小説なのです。
普段はなかなか恋愛が主題となっている本は読まないので、とても刺激的で素晴らしい読書体験でした。恋愛をテーマとするとどうしても大げさになったりチープになったりしがちなのですが、「月の満ち欠け」では佐藤氏の抑えた筆致やよく考えられたストーリーラインにより、とても後味の良い読後感があります。
直木賞受賞も納得の良作です。オススメ。