将来が不安な人は「ハードワーク」で人生を切り開け!(寄稿)

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こんにちは、Shin(@Speedque01)です。本日は、とある若手ビジネスパーソンから寄稿いただきました。

ぼくが主催しているオンラインコミュニティ「Players」にも参加しているナカオさんが、本日の寄稿をしてくださいました。ナカオさんは「Hard Workで人生を切り開くブログ」というエッジの効いたブログを運営されています。

大学中退、貧乏、ビジネス経験全く無しのところから、超有名なゴリゴリ企業に入社、その後も起業や経営層でのベンチャー企業参画など、とにかくすごい人です。しかもまだ弱冠25歳。半端ない。

記事のテーマは「ハードワーク」。ぼくは個人的にはあまりにもきつすぎるハードワークには反対なのですが、そこもゴリゴリに突き抜けられる人は本当に成功するんだな、と改めて思いました。

ぼくの「ハードワーク」に関する意見は、下記の記事も参照ください。

★参考記事

では、ハードワーカーナカオさんの壮絶な実体験記事をどうぞ!!

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こんにちは!ハードワーカーナカオです。

ぼくは現在製薬関連の会社でマーケティング部長をしています。仕事もプライベートも徹底的に楽しんでいる25歳のメンズです。

実は、ぼくは20歳の時には将来が真っ暗でした。しかし、ぼくは「ハードワーク」で人生は切り開いてきたのです。その結果、24歳のときにはとあるベンチャー企業の取締役に就任し、現在は転職してマーケティング部長をしています

今回は、将来が真っ暗と感じている人たちに、どうしてもぼくの実体験の情報を届けたいと考え、寄稿させていただきました。

意識高いだけの貧乏筋肉バカだったぼく

ぼくは元々、能力もコネも金も無い人間でした。いくら努力しても、要領が良い人間にはまったく歯が立たず、いつも悔しい思いをしていました。周りからは「意識高いだけ」と揶揄されるようなタイプですね。

そんなぼくでも、野球だけは頑張ってこれました。野球推薦で大学に入学することができ、ある一定の結果を残すことができました。しかし、ある事情で大学に入ってから野球を1年で辞めることになり、したがって大学も辞めざるを得なくなってしまいました。

最終学歴は大学中退の脳みそ筋肉野郎。おまけに家はとんでも無く貧乏な母子家庭で、多額の借金も抱えている。正直、人生が真っ暗に感じていました。仕方ないからとりあえず働いていましたが、何のスキルもない人間が稼げる額は限られています。1日12時間労働で一生懸命働いても、年収は200万円にも到達しなかったのです。

21歳の時に運良く、某R社の営業職として転職することが出来たので、ようやく人生が明るくなるかと思いました。しかし、友人に言われた一言がぼくにとって大きなコンプレックスになったのです。

友人:「お前にそんな仕事できるはずがない。肉体労働以外できないお前が成功したら、天変地異が起きるわww」と。

思いました。絶対に見返してやると。

ハードワークがナカオの人生を切り開いた

21歳の時のR社、23歳の時の100人規模のITベンチャー、24歳で取締役に就任したweb広告代理店のベンチャーとキャリアを積んできましたが、当時から考えは変わりません。

とにかく、アウトプットを出し続けるのです。アウトプットを分解すると下記のようになります。

  • アウトプット=量×質
  • 量=作業回数×時間
  • 質=量×PDCAの回数

毎日の仕事を最低12時間はやると心に決め、人生のリソースのほとんどを仕事に投入してきました。

R社の時は、営業先では刃物を向けられたりもしましたし、夏は熱中症のになりながらでも、飛び込み営業に行っていました。毎日飛び込み30件と新規テレアポ30件をしてましたが、断られすぎて営業が嫌いになり、仕事を辞めたいと何回思ったことか。

しかしぼくは「ハードワークで人生を切り開いて、友人を見返してやる」と自分にコミットしていたので、なんとか踏ん張ることが出来ました。

歯を食いしばり、命の危険にもさらされながらやってきたハードワーク。その中で得た教訓を共有したいと思います。

やり抜く力

最近、流行りのグリットですね。とにかく、最後までやり抜く。

営業でも、マーケティングでも粘り強く無いと成果なんて出せません。やり抜くと、自分で自分のことを誇れるようになってきます。そして、自己承認をしてあげれるようになるので、自尊心が満たされます。

すると、どんな仕事がきても自分なら出来ると思えるので、やり抜く力はとても大切です。一言でいうと、「泥臭くやろう!」とも言えます。GRITについては、下記の書籍で詳しく解説されています。

主体的に仕事をする

与えられた仕事だけをこなすのはとても危険です。そうではなくて、プラスアルファの価値を提供するのです。上司もお客様だと思って、常に上司が自分に求めている内容を考えます。

さらには、与えられた仕事も。「この仕事にはどんな価値があるんだろう?」「だれの役に立つのだろう?」と自問自答をすると、仕事に意味付けが出来るので、すごく仕事が面白くなります。

自責思考

ぼくが在籍していた某R社では、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」とMTGの度にゼネラルマネージャーから言われていました。

「自ら機会を作り出し」の裏側にあるのは、「待っていても会社は機会を与えない」という突き放しの精神です。

  • 会社は自由を与えはするが、あくまでも責任は個人がとる
  • 会社と個人はWin-Winの関係を目指すビジネスパートナー
  • 結果を出せる人間は、自ずと高い権限を獲得し、高い市場価値がつく

上記のような発想は、ある意味でドライともいえます。

しかし、これらを常に考え続けたことにより、全ては自分次第と考えれるようになったのです。

才能と努力

ぼくは、成果は才能と努力の掛け合わせだと考えています。才能が5の人が5の努力をすると、25の成果を挙げます。

ぼくの才能は1しかありませんでした。努力を5しても才能が1なので、成果は5しか挙げれません。しかし、成果が5のままで終わるのは絶対に嫌だったので、どうすれば才能が伸びるか徹底的に考えて、工夫してきました。

量はエースクラスの先輩にも勝つ

努力量だけは、絶対に毎日勝ちます。

それが、エース級の先輩社員だろうが、ゼネラルマネージャーだろうが毎日労働時間と作業量だけは勝ちに行きます。質で勝てないのは仕方ないと考えていたので、とにかく毎日量で勝つことだけを考えて仕事をしてました。

量質転換の原理で、才能を伸ばそうとしたのです。

エース級社員の先輩の仕事の仕方をとにかくパクる

同時にぼくは、エース級社員の仕事の仕方をパクりまくりました。

⒈挨拶

ハキハキと元気よく挨拶していましたので、そのままパクりました。

⒉出社してからの仕事の進め方

毎朝、就業時間の45分前にはデスクに座り、1日の予定とタスクを並べ、優先順位をつけていましたので、そのままパクりました。

⒊クライアントとの商談の内容

とにかく、礼儀正しく図々しかった。嫌な感じは全くない。これもそのままパクった。案外、素直に物事を伝えると流れがよくなるものです。

⒋話す時のテンポと間の開け方

エースの先輩は、相手に合わせて話す間合いを変えていました。ゆっくり話す人にはゆっくり話し、マシンガンの人のはマシンガンで話していました。カメレオンなこと!

ぼくにも出来るか不安でしたが、とにかくこれもまずは、パクりました。

⒌仕事をする前提

ぼくは、クライアントから受注を頂くことばかり考えていたので、成果が伸びませんでした。しかし、エース級社員の先輩に飲みに連れていってもらった時に衝撃を受けました。

先輩:「とにかく、メリットとなる情報を与えまくれ。与える以外、俺らは何もできなぞ!」

この言葉を聴いてぼくの価値観は変わりました。営業に行くのではなく、メリットを与えにいくんだ!と思うことで、営業が大好きになれたのです。

一緒にいる人を変える

才能を磨くために、ぼくは環境も変えました。自分が付き合う人を意識的に変えたので、仕事の基準が高いのが当たり前になり、自分の才能も磨かれました。

基準が高い人と付き合おうと思うと、自分がその人たちと付き合える自分になる必要があります。当初の才能がなくても、圧倒的な努力量をこなしていると、自分の身の周りの人たちが、自分を引き上げてくれます。 

経営はもっとも苦しくもっとも楽しい

ぼくは、24歳で起業しました。

R社の後に在籍した会社で、毎月1億円単位のweb広告を運用する経験が出来たので、そのノウハウをサービス化し、提供していくweb専業の広告代理店を立ち上げました。

経営は自分にとって、最も苦しく、最も楽しい仕事でした。

毎月115万円ずつ口座からお金が無くなる恐怖

毎月、あなたの口座から115万円のお金が無くなっていくと考えると恐怖ではないでしょうか?しかも、安定的な収入が入ってくるかどうかはわかりません。

Googleやyahoo!に前払いするお金、オフィス費用、人件費等含めて、毎月115万円かかっていたのです。1回でも売掛金が未回収になると、倒産してしまう状況でした。

こうなると、1つ1つの仕事に質にこだわり始めました。そうせざるを得なくなったと言った方が正しいですね。その結果、銭勘定に物凄く細かくなるきっかけにもなりました。

そこそこ上手くいったが、それでも不安が大きかった

無事一部上場企業とも取引が出来ました。クライアント数が増えて、倒産の危機も回避しました。もっというと、損益分岐点は5ヶ月後にはクリアし、一見順風満帆だったのです。

しかし、ぼくはいつも不安でいっぱいでした。

いつ大手企業との契約も切られるか不明なので、ここでもとにかくメリットを与えまくって、価値を提供することだけを考えて仕事をしてきましたが、それでも毎日が不安で仕方ありませんでした。

いい意味で悲観的になれた

毎日が不安だったので、リスクに敏感になれました。

  1. 今から、取る選択のメリットとリスクを天秤にかけるとどちらが大きいのか?
  2. そのリスクを最大取り除くにはどうすれば取り除けるのか?
  3. そして、最大取り除けたらフルスロットでアクセルを踏むためには、どん準備をすればいいのか?

と常にリスクヘッジを考えるようになりました。

これは、才能ではなく本能です。売り上げが吹っ飛ぶと会社と従業員の生活が吹っ飛ぶので、生きるか死ぬかの判断を毎日迫られるのです。生存のために、リスクヘッジを徹底的に考えないといけないのです。

この経験から、起業で上手く会社を回していくためのコツを体得しました。

  1. 計画は悲観的に作る
  2. 最大限準備をしてリスクを排除する
  3. 実際に行動するときは楽観的に!

稼いでいる人は豪放磊落で楽観的である一方、緻密で悲観的予測を立てる傾向にあるのです。

おまけ:周りの人は手のひらクルクル

ぼくのハードワークのきっかけは、「貧乏な人生からの脱却」と「友人を見返すこと」でした。

年収は、馬鹿にしてきた同級生と比べて2.5倍以上ぼくのほうが高くなりました。21歳の時に、ぼくの可能性を全力で否定した友人に、8割の感謝と2割の恨みをこめ、現状報告をしたのです。

すると、「お前なら上手くいくと思ってたで!」「さすが俺の親友!」などと手のひらをクルクルにまわしてきたのです。

何か新しいことを始めるとき、周りの人が全力で止めてくることもあるでしょう。しかし、成果を出すところっと言うことが変わるのです。

ハードワークで人生を切り開け!

ハードワークで手にいれたものは2つあります。

  1. 経済的な余裕
  2. 自分なら絶対に出来るという自信

ぼくは、ハードワークを5年間継続してきました。月間労働時間を300時間切ったことは一回もありません。時代とそぐっていないといわれるかもしれませんが、ぼくはこのことを誇りに思っています。(もちろん、他の人に強制はしないですし、パワハラばかりの職場は撲滅すべきとも思っています)

ぼくは、金なし・コネなし・才能なしの状況から這い上がって来ました。

そこまで苦しい環境でなくとも、誰しも不安は抱えています。そんなときこそハードワーク。ハードワークで量を稼ぎ、一気に人生を切り開くのです。

お陰様でお金に不自由することは無くなりましたし、お金が無いから〇〇出来ませんという理由で、お誘いを断るようなダサいことも全く無くなりました。

ぼくは、今日もハードワークで人生を切り開いていきます。

www.overwhelming-workforce.com

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いかがだったでしょうか。個人的にはハードワークで心身ともに壊しかけた経験があるので、ナカオさんのやり方が全員に当てはまるわけではないと強く主張したいところではあります。しかし、「徹底的にやりきる」「不安も恐れつつ挑戦する」というところは本当に勉強になりますね。

ナカオさん、ありがとうございました!!!

 

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