伊藤計劃「虐殺器官」感想。人間に備わる「虐殺のための器官」の正体とは。(ネタバレ有)

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こんにちは、Shin(@Speedque01)です。ぼくの趣味のひとつは読書です。ジャンル問わずいろいろ読みますが、特に好きなのがSFですね。

洋モノのSFはさすがの本場感があって読み応えがあるのですが、日本のSF作家も負けていません。そのなかでも、夭逝の天才「伊藤計劃」氏の二部作、虐殺器官とハーモニーはとても面白い。

今日はそのうちのひとつ、虐殺器官について感想を書いていきます。ネタバレありなのでご注意を。

著者「伊藤計劃」のプロフィール

まずは、著者である伊藤計劃氏のプロフィールから見ていきましょう。

千葉八千代松陰高等学校を経て、武蔵野美術大学美術学部映像学科卒業。2004年1月から「はてなダイアリー」にて映画・SF評論ブログを開始する。

Webディレクターの傍ら執筆した『虐殺器官』が、2006年第7回小松左京賞最終候補となり、ハヤカワSFシリーズ Jコレクションより刊行され、作家デビュー。同作は『SFが読みたい! 2008年版』1位、月刊プレイボーイミステリー大賞1位、日本SF作家クラブ主催の第28回日本SF大賞候補となる。

生前は、ゲームデザイナー小島秀夫の熱狂的なファンであった。学生時代にプレイした『スナッチャー』から小島の作品にのめりこみ、「小島原理主義者」「MGSフリークス」を自称するほどであった。特にメタルギアソリッドの二次創作を中心に手がけており、後にゲームの公式ノベライズを担当した。

相当なシネフィルとしても知られ、黒沢清の映画から受けた強い影響を度々口にしている。自身のサイトではナイン・インチ・ネイルズの全作品をレビューしたり、『機動戦士ガンダム』の設定の甘さへの批判をしばしば行っていた。

全く同じ経緯でデビューした円城塔と共に、期待の新人として脚光を浴びるも、2009年3月、肺癌のため死去。

2009年12月6日、遺作となった『ハーモニー』で第30回日本SF大賞を受賞した。「特別賞」枠を除き、故人が同賞を受賞するのは初めてである。

2010年に同作の英訳版が出版され、アメリカでペーパーバック発刊されたSF小説を対象とした賞であるフィリップ・K・ディック賞の特別賞を受賞した。

約30枚の未完の原稿は絶筆として河出文庫の大森望責任編集『NOVA1』に収録。遺族から承諾を得て円城塔がこの原稿を引き継ぎ、2012年8月に『屍者の帝国』として刊行した。

なんともびっくりすることに、伊藤計劃氏ははてなブログの兄弟サービス、はてなダイアリーで文章を書いていたとのこと。そこでの文筆活動が、後の「虐殺器官」や「ハーモニー」につながったのでしょうか。

ちなみに下記が伊藤計劃氏のブログ、第弐位相へのリンクです。最後の更新には、彼の死を悼むファンたちからのコメントがたくさんついています。

伊藤計劃:第弐位相

「虐殺器官」での鮮烈なデビューからたった2年での死。しかし、「虐殺器官」はその続編である「ハーモニー」とともに、日本のSF史に強烈なインパクトを与えたのでした。

ちなみに、「日本沈没」などで著名なSF作家、小松左京氏は「虐殺器官」を下記のように評しています。

伊藤計劃氏の「虐殺器官」は文章力や「虐殺の言語」のアイデアは良かった。ただ肝心の「虐殺の言語」とは何なのかについてもっと触れて欲しかったし、虐殺行為を引き起こしている男の動機や主人公のラストの行動などにおいて説得力、テーマ性に欠けていた。

http://www.iocorp.co.jp/sakyosho/sakyoshou7senpyo.htm

確かに頷ける論評ではあります。「どうやって虐殺を引き起こすか」というところはあまり具体的には触れられていないですし、鍵を握る登場人物のジョン・ポールの動機、ラストになぜ主人公があんなことをしたのか、一読すると理解が難しいところがあるのは事実です。

しかし、ぼくはそこは各々理解に努めながら、自分自身で補完して考える、想像するのが「虐殺器官」を読む際に必要となる態度だと考えています。

虐殺器官は一読しただけでは足りません。読み終わった後の余韻を楽しみながら、クラヴィスは、ジョン・ポールは、ルーシャスは、ルツィアは、いったい何を考えていたのか。それを想像しながら再読するのが楽しいのです。

また、虐殺器官は映画化も予定されています。下記がそのプロモーション映像です。

www.youtube.com

2016年の冬公開、といわれていますが、いつになるのでしょう。正直ハーモニーの映画はいまひとつだったので、虐殺器官には期待したいところです。ハーモニーよりアクションが多いので、映画も見ごたえがあるものになるのではないでしょうか。

「虐殺器官」前半の紹介

では、「虐殺器官」の前半から紹介していきます。

サラエボで発生した核爆弾テロによって世界中で戦争・テロが激化した結果、アメリカを始めとする先進諸国は厳格な個人情報管理体制を構築しテロの脅威に対抗していた。

十数年後、先進諸国からテロの脅威が除かれた一方、後進国では内戦と民族対立により虐殺が横行するようになっていた。事態を重く見たアメリカは新たに情報軍を創設し、各国の情報収集と戦争犯罪人の暗殺を行うようになった。 

虐殺器官 – Wikipedia

舞台は近未来のアメリカ。主人公はクラヴィス・シェパード、所属はアメリカ情報軍・特殊検索群i分遣隊で、階級は大尉です。

ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボにて核爆弾によるテロが起こり、その後世界中でテロや紛争が止まらなくなってしまった世界。アメリカや他の先進諸国は、非常に厳格なセキュリティシステムを構築し、テロを自国からほぼ排除しました。

ここのセキュリティシステムは、現在のIoTのトレンドをそのまま推し進めていったものが具現化されていて、読んでいて非常に楽しいですね。痛覚マスキング装置だとか、シーウィードだとか、そういうものもリアルで不気味。

テロが自国から排除されてからは、アメリカはまさに「世界の警察」として、後進国で行われる紛争解決に奔走するようになります。クラヴィスは、その実行部隊リーダーです。繊細ながらも非常に職務に忠実、有能な軍人という印象です。

クラヴィスが行う職務のひとつが、紛争を引き起こしている張本人(戦争犯罪人)の暗殺です。そして、暗殺を行うなかで、おかしなことに気がつきます。

虐殺を指示している張本人が、なぜ自分が虐殺をしているのか理解をしていないのです。

「たのむ、教えてくれ、俺はなんで殺してきた」

こちらに構わず、元准将は続けた。口調から威厳が消えうせて、捨てられたヒモのような無残さをさらけ出している。

「黙ってくれ」

そう言うぼくの声は、認めたくないが、小さな悲鳴だった。

「なぜ殺した」

「黙れったら」

「なぜ」

限界だった。

そして、各国での虐殺の背後には、いつも同じ名前がちらつきます。彼は虐殺が起こるタイミングの前に政府の要職に就き、クラヴィスたちの暗殺対象にもなっています。しかし、彼が姿を見せることは未だない。

彼の名前は、ジョン・ポール。

ジョン・ポールが虐殺に関わっているだろうことに、クラヴィスはだんだんと気づき始めます。どのような虐殺にも、彼の影が常にそばにある。しかし、ジョン・ポールがいったい何をしているのか、そして何が目的なのか、それを掴むことは容易ではありません。

「戦争犯罪人」を仕留めることはできても、なぜかいつもジョン・ポールはその場所に現れない。じりじりする展開が続きます。 

「虐殺器官」中盤の紹介

では、中盤の紹介にうつります。

アメリカ情報軍に所属するクラヴィス・シェパード大尉は、後進国で虐殺を扇動しているとされるアメリカ人ジョン・ポールの暗殺を命令され、相棒のウィリアムズら特殊検索群i分遣隊と共にジョン・ポールの目撃情報のあるチェコ・プラハに潜入する。

プラハに潜入したクラヴィスは、ジョン・ポールと交際関係にあったルツィア・シュクロウプの監視を行うが、次第に彼女に好意を抱くようになる。ある日、クラヴィスはルツィアにクラブに誘われ、そこで政府の情報管理から外れた生活を送るルーシャスたちと出会った。

その帰路で、クラヴィスはジョン・ポールに協力するルーシャスら「計数されざる者」に襲撃され拘束されてしまう。拘束されたクラヴィスはジョン・ポールと対面し、彼から「人間には虐殺を司る器官が存在し、器官を活性化させる“虐殺文法”が存在する」と聞かされる。

ルツィアを監視していたことを暴露されたクラヴィスは、ルーシャスに殺されそうになるが、ウィリアムズら特殊検索群i分遣隊の奇襲によって救出されるも、ジョン・ポールとルツィアは行方不明になってしまう。

プラハでの遭遇後、核戦争で荒廃したインドで虐殺を行っている武装勢力「ヒンドゥー・インディア共和国暫定陸軍」にジョン・ポールが関わっていることを知ったアメリカ情報軍は再びクラヴィスらに出撃を命令するが、「虐殺文法」の話をクラヴィスから聞かされたロックウェル大佐は、ジョン・ポールを生かしたままアメリカに連行するように命令した。

「ヒンドゥー・インディア共和国暫定陸軍」の本拠地に潜入したクラヴィスらはジョン・ポールの拘束に成功しアメリカに連行しようとするが、ジョン・ポールに情報を漏らしていた上院院内総務の派遣した部隊に護送列車を襲撃され、リーランドら多くの隊員を喪った挙句、再びジョン・ポールに逃げられてしまう。 

プラハにて、クラヴィスははじめてジョン・ポールと対峙します。そして、彼が現在世界中で起きている虐殺の真の引き金であることを知ります。

ぼくたちの脳に備わっている言語を生み出す器官。その器官にあるパターンを繰り返し埋め込むことで、虐殺が始まる。

ジョン・ポールは、各国で虐殺の文法を用いて人々の虐殺器官を活性化させ、国を混沌と虐殺に陥れていたのでした。

「遺伝子に刻まれた脳の機能だ。言語を生み出す器官だよ」

脳のなかにあらかじめ備わった、言語を生み出す器官。

その器官が発する、虐殺の予兆。

「脳に刻まれた言語フォーマットのなかに、混沌を示す文法が隠されているのだとしたら、政治的、民族的に不安定な地域のトラフィックを分析することで、残虐行為の発生を予測できる。国防高等研究計画局はそう考えたんだな」

ジョン・ポールはうなずいた。

「研究を進めるうちわたしには、人間がやりとりすることばの内に潜む、暴力の兆候が具体的に見えるようになったのだよ。もちろんそれは、個人個人の会話レベルで見えてくるものではない。虐殺された側であるはずの、ナチス政権下のユダヤ人たちの会話のなかにも、この構造はちらついているからね。地域全体の表示頻度でないとわからない。

ただし、この文法による言葉を長く聴き続けた人間の脳には、ある種の変化が発生する。とある価値判断に関わる脳の機能部位の活動が抑制されるのだ。それが、いわゆる『良心』と呼ばれるものの方向づけを捻じ曲げる。ある特定の傾向へと」

ここまできて、ぼくはもうこの話の先にある、おぞましい可能性がはっきりと見えている。ジョン・ポールがその先にどんな思考の転換を行い、どんな結論に達したのかを。

ジョン・ポールは虐殺の文法を体得し、虐殺の文法を世界中に振りまき、世界を混沌に陥れた。暴力主義者でもなければ、権力に狂った男でもない。非常に冷静な学者然としているジョン・ポールがなぜこんなことをし続けているのか。

その真相は、ぜひ本を読んで確認してみてください。

「虐殺器官」はフィクションか・・・?

虐殺器官は非常に良くできたSFですが、ぼくはこの本からそれを超えたものを感じ取りました。最近日本や世界で起きているニュースに思いを馳せると、伊藤計劃氏が書いたような混沌の時代がすぐそこまで迫ってきているようにも思えます。

人を陥れ、攻撃し、それを楽しむような機能は、人間に標準装備されています。そして、それをエスカレートさせることで、「虐殺」すら引き起こすことができるというのも、ぼくには納得できてしまうのです。

過去の歴史を見ても、ことばによる扇動で虐殺が起こったり、国同士の諍いに発展する例がありました。そして、現在は核兵器をはじめとする、いわゆる大量破壊兵器が世界各国に存在します。

もし虐殺器官におけるジョン・ポールのような、世界中の人々の虐殺器官を活性化させることができるような人物が現れたら、世界いったいどうなってしまうのか。

この小説は、果たしてフィクションなのでしょうか。

「虐殺器官」はぼくたちにも備わっている。

ぼくは、虐殺器官が完全なるフィクションだとは思えません。

ナチスのユダヤ人大虐殺、ルワンダでのツチ族大虐殺、アメリカによる日本への原爆投下・・・これらの歴史的な事件を見ていると、人間には「虐殺」をすることができるなんらかのシステムが備わっているように思えてならないのです。

「自分には関係ない」と思う方もいるかもしれませんが、上記であげたような虐殺を敢行した人たちも、そもそもは「普通の人」だったかもしれません。家族や友人を愛し、平和を望む心優しい人たちだったのかもしれません。

彼らを「狂人」「虐殺者」と非難することは簡単です。しかし、本当にそうだったのでしょうか。彼らは、ぼくらとは違う異常な人たちだったのでしょうか。

それよりも、伊藤計劃氏が述べるように、すべての人に「虐殺器官」があり、何らかの方法でそれを活性化する術がある、というほうがぼくには納得できます。

もし本当にぼくたちに虐殺器官が備わっていて、ジョン・ポールが虐殺の文法を全世界にばら撒いたら、そのときこそ「虐殺器官」がノンフィクションとなるのでしょう。

シリア騒乱およびアレッポ虐殺は「虐殺器官」の現実化か?

2016年、シリア騒乱およびアレッポでの虐殺が行われています。

【参考】アレッポ虐殺の現状と、虐殺にいたるまでの過程をまとめてみた – Outward Matrix

敵味方が入り乱れ、もはや何が目的なのかもわからなくなってしまい、民間人が虐殺の対象となっている。これはまさしく、伊藤計劃氏が描いた虐殺器官の世界そのものではないでしょうか。

www.afpbb.com

アレッポから反体制派が撤退するとの合意が前日夜に発表された後、同市では家族を連れた人々が市内からの脱出を期待して、14日の早朝から集合していた。だが、現地時間の午前5時(日本時間同日正午)に予定されていた第1陣の出発が延期されると、数時間後には激しい戦闘が再び始まった。

数年にわたる戦闘の後、反体制派の抵抗に終止符を打つはずだった画期的な合意の行方は、政権と反体制派、さらにそれぞれの同盟勢力が非難合戦を繰り広げる中、不透明さを増している。

アレッポでの戦いは政府側の勝利として幕を閉じたはずなのですが、反体制派の撤退合意を政府側が無視し、虐殺が行われているとのことです。もともと複数のグループが各々の意図を持って行われている戦いですので、そう簡単に収まらないのでしょう。

また、シリア政府によると、政府側も犠牲者が出ているとのことです。

一方でシリアの国営放送は、反体制派が政権側の支配地域に向けたロケット弾の発射を再開し、少なくとも7人が死亡したと報じている。

まさに泥沼。その背後には、虐殺の文法が潜んでいるのかもしれません。

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