劣等感を克服する必要なんかどこにもない

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こんにちは、Shin(@Speedque01)です。ぼくは、部活でも勉強でも仕事でも、いつもいつも強い劣等感を感じていました。

どんなことをするにも、最初は下から数えたほうが早い、要領の悪いタイプでした。だからこそ、ぼくはいつでも劣等感に苦しめられてきました。

「なんであいつは最初からあんなにできるのに、ぼくはまったく手が届かないんだろう・・・」、そう思うことばかりでした。

劣等感に囚われ続けている

部活の場合は、そこから必死のトレーニングをします。部活にはもちろん毎日出て、走り込みや基礎トレーニング、部活以外にも専門家に教えを請いに行き、お金や時間を注ぎ込みました。

勉強の場合でも同じです。どこなら自分で点数を上げられるのか、どこは予備校に行くべきか、それを選別した上で勉強していました。「受験は要領」にはお世話になりましたね。

仕事も同じく、自分が全然ダメであることが心底理解できたので、いろいろと工夫してきました。

【参考】ダメ人間が這い上がるための3つのポイントをマジで考えてみた – Outward Matrix

こうやっていろいろやっている最中、ぼくはずっと劣等感とそれに紐付く恐怖を感じていました。

  • 自分は他の人より劣っている
  • このままだと何もかもうまくいかない
  • 周りの人からずっとバカにされる
  • 「一生懸命なのはいいけど結局ダメじゃんw」と嘲笑される
  • 好きな女の子にも振り向いてもらえることはない
  • ちゃんとお金を稼ぐこともできない

そんなことをずっと考えていました。そんな恐怖にずっと囚われていました。そして、それは今もずっと変わらず続いています。

劣等感を「克服」なんかしないでいい

劣等感を感じ続けているのは、それはそれはつらいことです。

定期的に頭の中に「お前はダメなんだ」「お前は周りより劣っているんだ」「お前は何の価値もないんだ」という声が響き続けます。自己肯定感が強く、常に順風満帆で生きている人にはわからないかもしれませんが・・・

この声を聞き続けているのは気分のいいものではありません。正直疲れます。だから、劣等感を克服しようとしたこともありました。

劣等感に苦しんだ経験が一度でもある人は、ググったり本を読んだりしたことがあると思います。しかし、それで何か変わったでしょうか。

ぼくは、いくら「劣等感 克服」というワードでググッた記事を読んでも、何も変わりませんでした。

そんなときにふと思ったのです。「そもそも、なぜぼくは劣等感を克服しようとしたのだっけ」と。

答えは簡単でした。頭の中に響いてくる「お前はダメなんだ」「お前は劣っているんだ」という声から逃げたい、ただそれだけでした。

劣等感は単なるドライバーのひとつ

その声から逃げることができたら、確かに少しは気が楽になるかもしれません。「自分は世界で一人だけの特別な存在なんだ」、そういう耳障りのいい言葉を心の底から信じ込めたら、ふわふわと生きることができるかもしれません。

でも、そんなことをし続けていると、自分を甘やかすばかりで何もできない人となってしまう、ぼくはそう感じました。

劣等感があったっていいじゃないですか。ぼくらがしなければいけないのは、ふわふわした甘い言葉で自らを甘やかして劣等感を有耶無耶にすることではない。その強烈な自己否定の言葉に耳を傾けた上で、ひとつひとつをドライバーとして何かしら世の中のためになるアクションを起こすことではないでしょうか。

ぼくは今でも頭の中で、「お前なんかダメだ」「どうせ何もできない」という言葉がリフレインしています。それを消し去ることはとうに諦めました。

消そうとしても消せない、もはやそれは先天的・後天的に得た性格のひとつなのだと思います。

だったら、それをどう活用し、結果につなげていくか。ぼくはそこに集中します。

目の前のことに没頭しよう

そうやって、劣等感に囚われることなく、むしろそれをドライバーとし、目の前の行動に没頭すること、それが一番大事だとぼくは考えています。

【参考】仕事を好きになるたったひとつの方法 – Outward Matrix

自分なりに試行錯誤して、仕事が少しずつ好きになってきたころから、成果もどんどんあがるようになりました。そうなってからはどんどんいいサイクルが回ります。

仕事が好きだから一生懸命やるし、その結果成果が出る。そして、その結果もっと仕事が好きになる・・・という流れです。はやい段階でこういうサイクルを築けると、もともとの能力とは関係なく、頭角を現すことができるのではないでしょうか。

「あいつと比べておれはなんてダメなんだろう」と思ってしまうことはしょうがないです。ぼくも、そういうタイミングは定期的に訪れます。

そのときは、そのときの気持ちを存分に味わいましょう。そして、その気持ちを味わいきったら、「よし、やってやるぞ」と気持ちを切り替えるのです。

いつまでも人のことを羨んでいても、自分の成長にはなりません。自分を変えたいのであれば、他人を羨むのではなく、今できることに必死に打ち込み、結果を出し続ける以外にありません。

冷静に考えてみましょう。「自分はなんてダメなんだ」という劣等感に浸ることは甘美かもしれませんが、それをし続けたことで何かいいことはあるでしょうか?

また、「本当はおれはすごいやつなんだ、劣等感なんて感じる必要はないんだ」と無理やり納得させることも同様です。この行動に、果たして意味はあるのでしょうか。

そのように、自分の内面をいじくっていても、ぼくらの力にはなりません。劣等感という謎の感情に支配されている暇があれば、それを外に向けてとにかく行動するための原動力とすること。それが一番良いのではないでしょうか。

いつの間にか劣等感は消えている

そうやって劣等感をドライバーにし、なにくそと目の前のことに打ち込み、結果を出し続けていく。

そうしていくうちに、「劣等感なんてどうでもいいんだな」ということにあなたは気づくはずです。

ぼくはどちらかといえば要領が悪く、周りの人より優れているところはあまりありません。そういう意味では、ぼくはずっと劣等感を抱き続けています。

しかし、ぼくはそれをドライバーとして、必死に努力する糧としました。そういう意味では、生まれつきもっていた劣等感が、ぼくをここまで押し上げてくれたのかもしれません。

自らの感情を完全に制御するのは難しいこと。しかし、それを何とかプラスの方向に持っていくのは不可能ではないはずです。

ほかの人への劣等感で足が止まっている人の気持ちは良くわかります。

でも、できればその気持ちを無理やりにでも前に向け、行動に落とし込んでいってほしいのです。そうすれば、あなたは今の停滞から抜け出し、充実した未来を手に入れることができるでしょう。

劣等感に悩んでいるあなた、克服する必要はありません。それをドライバーにして目の前のことに集中し、結果を出し続けていきましょう。

次はこの記事をどうぞ:過去の経験を活かしまくるためにすべきことを伝える – Outward Matrix