Outward Matrix

戦略コンサルタントのブログ。コンサルティング業務、英語、戦略策定、採用、育成等について書いています。

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名言「あまり強い言葉を遣うなよ。弱く見えるぞ。」について考える

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こんにちは、Shinです。ぼくは漫画やアニメがそこそこ好きです。

とはいっても20代男性の平均程度だとは思います。マイナーなものはほとんどわかりません。

ただ、有名どころは読んでいます。ワンピース、BLEACH、NARUTO、暗殺教室などなど・・・ジャンプばかりですね。

学生時代は特に何を考えるでもなく普通に読んでいるだけだったのですが、社会に出て少々荒波にもまれた経験があると、漫画の台詞がときに強く響くことがあります。

今日は名作BLEACHの人気キャラクター「藍染惣右介」が放った名言「あまり強い言葉を遣うなよ。弱く見えるぞ。」について考えてみます。

名言の背景

護廷十三隊十番隊隊長である日番谷冬獅郎が「ある事件の首謀者が藍染惣右介である」ということを知りました。当時リアルタイムで読んでいたぼくも、非常に驚いた覚えがあります。護廷十三隊がメインとなっていたころのBLEACHはほんとーに面白かったな。

さて、その事実に激高した日番谷隊長、卍解して大紅蓮氷輪丸を顕現させます。

「藍染、オレはテメーを殺す。」と怒りを露にする日番谷隊長。それに対する藍染惣右介の返事が、今回紹介したい名言です。

「あまり強い言葉を遣うなよ。弱く見えるぞ。」

結果、日番谷隊長は藍染惣右介に一瞬で負けました。

「強い言葉」と人格の関係

「強い言葉」を使う人はそこらじゅうにいます。仕事をしていても、いろんな人のブログを見ていても、それはよく感じます。

「これは絶対買うべき!」「あいつ本当に使えないよな。やめればいいのに。」「あいつらほんとバカ過ぎてやってられないわ。」「これを読めば100%結果が出る!」などなど。

強い言葉が常に悪いわけではありません。しかし、このような言葉を使うことが習慣となってしまっている人が、本当に「強い」かというと、そんなことはないような気がしています。藍染惣右介が言ったように、むしろ「弱く見える」のではないでしょうか。

この世の中に完璧な人はいませんし、逆に何も出来ない人もいません。読むだけで結果が出るマニュアルもなければ、何の役にも立たないマニュアルもありません。すべてはバランスであり、「絶対」はない。そういうものだとぼくは理解しています。

このシンプルな構造に注意を払うことなく、「あいつは使えない」「このプロジェクトはクソだ」「これを買えば絶対に結果が出る」ということを言い続けるのがクセになっている人は、真に強いといえるのでしょうか。

むしろ、「自分に自信がないから強い言葉で自身を守ろうとしているんだな」と思われる結果になってしまうのではないでしょうか。

穏やかに、かつ冷静に語る

100%正しいことなど誰にもいえません。ある一面から見たら正しくても、別の側面から見たら正しくないことなど、掃いて捨てるほどあるはずです。

40歳過ぎの男性がパンを万引きしたとした場合、法的な側面から見たら犯罪であり罰せられるべきです。しかし、彼がどうしても仕事につけない事情があり、かつ3歳の娘がいて、今にも娘が飢え死にしてしまいそうな状況だったとします。そのような場合に、無条件に罰することができるでしょうか。

実際に起きた話では、下記のような事件もあります。

www.dailyshincho.jp

そして2006年真冬のその日、手元のわずかな小銭を使ってコンビニでいつものパンとジュースを購入。母親との最後の食事を済ませ、思い出のある場所を見せておこうと母親の車椅子を押しながら河原町界隈を歩く。やがて死に場所を探して河川敷へと向かった。

「もう生きられへんのやで。ここで終わりや」という息子の力ない声に、母親は「そうか、あかんのか」とつぶやく。そして「一緒やで。お前と一緒や」と言うと、傍ですすり泣く息子にさらに続けて語った。「こっちに来い。お前はわしの子や。わしがやったる」。

その言葉で心を決めた長男は、母親の首を絞めるなどで殺害。自分も包丁で自らを切りつけて、さらに近くの木で首を吊ろうと、巻きつけたロープがほどけてしまったところで意識を失った。それから約2時間後の午前8時ごろ、通行人が2人を発見し、長男だけが命を取り留めた。

(中略)

事件の後の足跡について親族は口が重く、なぜ亡くなったのかも不明のまま。行き詰った末に探し当てた長男の知人という人に彼の死を告げると、絶句して、判決後に長男が落ち着いた先の住所を告げた。

やがて判明した死因は自殺だった。

琵琶湖大橋から身を投げたという。所持金は数百円。「一緒に焼いて欲しい」というメモを添えた母親と自分のへその緒が、身につけていた小さなポーチから見つかった。地獄を味わった彼の言葉やその後の人生が、在宅介護に限界を感じ、絶望している人への何らかの助けになるのではないか。そう考えて必死に動いた記者を待っていた、悲しすぎる結末だった。

殺人は犯罪です。しかし、この方を「殺人者」として強く糾弾することが果たして「正しいこと」なのでしょうか。 

物事にはいろいろな側面があります。すべてが黒と白の二つにすっぱり割り切れるものではなく、「絶対」はありません。

強い言葉を使って自分の影響力を行使しようとするのではなく、穏やかにかつ冷静に物事を語れる人。そういう人のほうが、実は「強い」のではないでしょうか。