Outward Matrix

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伊藤計劃「ハーモニー」は現代社会を鋭く抉った傑作SFだ。

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こんにちは、Shin(@Speedque01)です。ぼくはSFがとても好きで、時間ができると一心不乱に読みふけります。

特に時間を忘れて読んだのが伊藤計劃氏の著作です。早世してしまったのが本当に惜しまれます。このブログでも、代表作のひとつ「虐殺器官」のレビューをしています。

★参考記事

今回ご紹介するのは、「虐殺器官」の続編となるSF小説、「ハーモニー」です。

21世紀後半、“大災禍”と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類は大規模な福祉厚生社会を築きあげていた。医療分子の発達で病気がほぼ放逐され、見せかけの優しさや倫理が横溢する“ユートピア”。そんな社会に倦んだ3人の少女は餓死することを選択した―それから13年。死ねなかった少女・霧慧トァンは、世界を襲う大混乱の陰に、ただひとり死んだはずの少女の影を見る―『虐殺器官』の著者が描く、ユートピアの臨界点。
出典:Amazon紹介ページ

まさに傑作。一気読みし、その後も何度となく読み返さざるを得ない傑作です。

もちろん面白いのですが、それだけでなく今後の世界への示唆にも富む一冊。読んでいるとさまざまな考えが頭に浮かんできます。

では、内容を紹介していきますね。ネタバレもあるので注意。

「ハーモニー」の舞台

「虐殺器官」による“大災禍(ザ・メイルストロム)”の後、平和になった世界がハーモニーの舞台です。大災禍が起こってからというもの、地球は平和を目指し、病気の根絶を試みます。生府(ヴァイガメント)というネーミングがかっこいい。

「むかしはね、そういう何千って小さな病気が人体には溢れてたんだ。誰でも病気にかかった。たった半世紀前のことだよ。でも、〈大災禍〉で世界中に核弾頭が落ちて、放射能でみんなが癌になりはじめて、世界は病気そのものの駆逐にのりだしたんだ」

「それは習った。
〈reference:textbook:id=hsj56093-4n7mn-2jp:line=3496〉〈content〉

放射能で癌になる人間がたくさんでてきた。また、中国やアフリカの奥地からは核による突然変異の影響か、未知のウイルスがたくさん流れ出た。それら健康への急迫なる危機を前にして、世界は政府を単位とする資本主義的消費社会から、構成員の健康を第一に気遣う生府を基本単位とした、医療福祉社会へ移行したのだ。

〈/content〉〈/reference〉
って。なぜかここだけ暗記してるの。すごいでしょ」

「でもその前、人間がどんな病気にかかっていたか、ってことは学校じゃ教えてくれない。それを暗記してた霧慧さんでも、風邪というのが何だか知らない。当たり前だよ、実感しようがないからね。社会はよくやったよ。WatchMeとメディケアのおかげで、セカイはほとんどの病気をこの世から消してしまったんだから」

WatchMeというIoT機器を活用し、「健康」というベールで覆われた世界、それが「ハーモニー」の舞台です。ちなみに、上記引用の途中で出てくるHTMLタグのようなものは、「ハーモニー」の表現方法のひとつです。

世界が核戦争で壊滅し、その後生き残った人類が力を合わせて地球全体レベルで生府を樹立、先進技術で病原菌を撲滅する・・・とてもリアルな未来図だなと初めて読んだときに感じました。

世界のリーダーたちがそんなに簡単に核戦争を起こすとは信じたくないですが、仮にそうなったとしてもそこまで不思議でないような気もします。IoT機器という意味だと、多数のウェアラブルデバイスが存在しており、ヘルスケア分野にも応用されています。

techon.nikkeibp.co.jp

薬剤を患部に届ける(delivery)のではなく、“その場で創る(in situ drug prodution)”ための研究も進めている。例えば、細胞内の遺伝子に光を当てることでその機能を制御し、たんぱく質を作らせるようなことが可能。こうした技術を使い、患部やその近くで薬を創ってしまう。

アルツハイマー病など、がん以外の難治性疾患へと適用を広げることも大きな目標という。脳には、異物を侵入させないようにする「血液脳関門」と呼ぶ機構があり、薬剤が届きにくいという難しさがある。これに対し片岡氏らは、ポリオウイルスがこの関門をかいくぐって脳に侵入するメカニズムを活用し、脳神経細胞にまで届く薬剤の開発を狙っている。

片岡氏が描く究極の姿は、体内をくまなくめぐって患部の生体情報を収集し、体内に埋め込んだチップへと“帰還”するようなナノマシン。チップで疾患を診断し、その情報を体外へと無線で飛ばす。小惑星探査機の「はやぶさのような仕組み。ここまでできれば、スマートナノマシンと呼ぶにふさわしいシステムになる」(片岡氏)。

まさに「ハーモニー」で描かれている技術です。これが実現したら、人は常に健康な状態を維持することができます。

そんな世界に、反旗を翻した少女がいました。それが、「ハーモニー」の鍵となる人物「御冷ミァハ(みひえみぁは)」です。

調和した世界で自殺した少女「御冷ミァハ」

「生府。正確に言うところの医療合意共同体。提供される医療システムについて一定の合意に至った人々の集まり。調和者たち。そりゃ、生府にも評議員はいるけど、昔の政府の議員とはぜんぜん違う。評議員連中やコミッショナーあたりに、王様や政府ほどの権力は集中してない。なぜって、みんなに力を細かく割って配りすぎた結果、何もできなくなってしまったから。生府を攻撃しよう、って言ったところで、わたしたちには昔の学生みたいに火炎瓶を叩きつける国会議事堂もありゃしない」

キアンはそこで不安を感じたのか、かすかに眉を寄せ、 「だから自殺するっていうの……。攻撃の一環として自分で死を選ぶわけ……」

ミァハはあっけらかんとキアンにうなずいてみせ、 「わたしたちが奴らにとって大事だから、わたしたちの将来の可能性が奴らにとって貴重だから、わたしたち自身が奴らのインフラだから。だから、奴らの財産となってしまったこの身体を奪い去ってやるの。この身体はわたし自身のものなんだって、セカイに宣言するために。奴らのインフラを傷つけようとしたら、それがたまたまこのカラダだった、ただそれだけよ」

ミァハは調和(ハーモナイズ)された世界を徹底的に憎んでいました。しかしながら、それのぶつけどころがわからない。攻撃をしたくとも、明確な攻撃対象がない世界。みなが「調和」の名の下に温かく協力し合っている世界。それをなんとかして壊そうとしたのがミァハです。

その攻撃対象として彼女が選んだのが「自分自身」。世界にとって自分の存在が、生命が重要であるならば、それを奪い取れば世界への復習になると考えたのです。

ミァハは、主人公である「霧慧 トァン(きりえ とぁん)」と「零下堂 キアン(れいかどう きあん)」と一緒に自殺を試みます。ある錠剤を飲むことで、体の消化器官に栄養を吸収できなくさせ、最終的に栄養失調で死ぬという計画です。

自殺に成功したのは、御冷ミァハだけでした。

その後、キアンはまっとうな「生府構成員」として、トァンはWHO螺旋監察事務局の上級監察官として生活していくこととなります。トァンが日本に帰国した際、キアンとランチをすることになるのですが、そこで事件が起こります。

零下堂キアン、および世界中の人々の「自殺」

そこでわたしは、キアンがじいっとカプレーゼの皿を無表情に見つめていることに気がつく。それは異様な光景だった。まるで皿の底に何かが泳いでいるかのように、じっと視線を据えたまま動かない。どうしたの、とわたしが訊こうとする前に、キアンが口を開いた。カプレーゼの皿に眼を据えたまま。

「うん、ごめんね、ミァハ」

キアンはそうつぶやくと、唐突にテーブルナイフを握る。手に取る、というよりも、まさに「握った」と表現するしかない持ち方だ。わたしが何事かと思う間もなく、キアンは自らの喉許に、その切っ先を突き刺した。

「えう」

いままで聴いたことのない奇怪な声が、キアンの口から漏れる。 〈silence〉〈surprise〉

驚くべき意思の力を動員して、突き刺したテーブルナイフを喉のなかで横に捻り倒すと、ぐい、と引っ張って頸動脈もろとも一気に外側へと切り裂いた。所詮テーブルナイフだ、それほど切れ味は鋭くない。

まったく信じられない力だった。まるで首という丸太に、半分まで切りこみを入れたような有様だ。

血液の飛沫が首から噴出する。

広範囲に飛び散った滴りが、ライラック・ヒルズ六十二階に店を構えるイタリアン・レストランの内装を、ねっとりと赤く染めあげる。無表情に突発的な自傷行動に出たキアンの、首から噴出する血液のシャワーを、水を注ぎにわたしたちのテーブルを訪れていた給仕がまともに顔面で受け止めてしまい、気を失う。

すべてが一瞬のうちに過ぎてゆく。そのあいだ、わたしは呆然として見つめることしかできない。カプレーゼのオリーブオイルに血が滴り、混じり合うことなく油のなかに広がってゆく。

〈/surprise〉〈/silence〉

他の客が叫び声をあげる。

その瞬間、世界各地で同時に叫び声があがっている。

なぜならその時刻、方法は様々であれ、世界の至る所で六五八二人もの人間が同時に自らの命を絶とうと試みたからだった

普通にランチを取っていたキアンが、「うん、ごめんね、ミァハ」という言葉を残し、通常ではありえない方法で自殺をしました。ミァハはもうはるか昔に自殺をしてこの世にはいないはず。

かつての親友だったトァンは、WHO螺旋観察事務局の上級観察官として、この事件に取り組むことになります。父親でありWatchMeの開発者でもある「霧慧 ヌァザ(きりえ ヌァザ)」、螺旋観察事務局における上官である「オスカー・シュタウフェンベルク」、インターポールの捜査官である「エリヤ・ヴァシロフ」などの登場人物たちとときには協力し、ときには反目しながらトァンは真相に迫っていきます。

果たしてミァハは生きているのか。ミァハの目的とは何か。ハーモナイズされた世界は人間にとって幸せをもたらすのか。最終的な人類の行く末とは。

とても刺激的な小説でした。

「ハーモニー」はまさに傑作SFだった。

「ハーモニー」は、ストーリーの骨太さ、キャラクターの魅力、全編に漂う雰囲気、現代社会ともリンクする問題意識など、非常に完成度の高い傑作SFだといえます。「ハーモニー」は何回読み返しても面白いですし、新たな発見もあります。

発達した技術がどのように人間に影響を与えるのか、深く考えてみたい人には特にお勧めですね。価格もKindleで617円と非常にオトクなのでぜひどうぞ。

 

★次はこの記事をどうぞ