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Outward Matrix

戦略コンサルタントのブログ。コンサルティング業務、英語、戦略策定、採用、育成等について書いています。

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定時帰りをしていたあの頃、ぼくは仕事が死ぬほど嫌いだった。

仕事やキャリア

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こんにちは、Shin(@Speedque01)です。今日は少し昔話をしてみようと思います。

ぼくはコンサルタントとして社会人生活をスタートし、今でも同じ仕事をしています。毎日いろんなことが起こりますし、新たなことを学ぶ必要もあるなかなかハードな仕事です。

ぼくは昔から要領が悪い子どもでした。コツコツと何かをがんばることは比較的得意なのですが、ほかの人の話を即座に理解したり、手を抜いていいところを見極めてサクッと終わらせたりすることがとても苦手でした。

最初はうまくいかなくても毎日コツコツとやっていき、最終的にはそこそこの結果を残しつつ学生生活を送ってきました。周りのキラキラエリートたちには手も足も出なかったのですが、「まあしょうがないよな」と思いながらぼくはコンサルタントになりました。

仕事ができなすぎてヒマになった。

コンサルタントの仕事というのは、基本的に「難しいこと」か「面倒くさいこと」です。そうでなければクライアントが高い金を払ってコンサルティングファームに依頼する意味がありません。

よって、コンサルタントの仕事はどちらかというとハードワーク寄りになるのが普通です。「難しいこと」も「面倒くさいこと」も、どちらも一定以上のクオリティでやり切るには時間がかかってしまうものなのです。もちろん異常に能力が高ければサクサク終わらせて即座に帰宅することも不可能ではないですが、そんなスーパーコンサルタントはあまりいません。

しかしながら、ぼくはある時期までほぼ定時で帰っていました。ぼくが「能力が異常に高いスーパーコンサルタント」だったのでしょうか。もちろんそんなことはありません。

下記の記事に詳述しているように、ぼくは本当に出来の悪い新人だったのです。

★参考記事

最初、大量のパワーポイントやワード、エクセルのドキュメントを渡され、「とりあえずそれを読んでおいて」と言われます。言われるがままに読みますが、何がどうなっているのか全くわからない。

クライアント先に連れて行かれても、先輩達やマネージャが何を話しているのか、本当に同じ日本語なのかどうか怪しいレベルでわからない。 「議事録を取っておいて」といわれ、ワードを立ち上げながら言葉を拾うものの、日本語として頭に入ってこないため、メモもまったく意味不明なものでした。

それを一晩中かけて意味がわからないなりにまとめたものを翌朝先輩に提出しましたが、 「おまえ、いったい何聞いてたんだよ・・・もういいよ、おれやっとくから」 の一言で、ぼくの仕事は巻き取られました。

それからも状況はまったく改善の目処が立ちませんでした。 議事録を書けといわれても、会議の内容がわからない。パワーポイントを作れといわれても、資料の作り方がわからない。エクセルで分析しろといわれても、分析って何をすればいいのかわからない。そんなことの繰り返しでした。

いくら新人であっても、ここまでダメだと先輩やマネージャ達もだんだんと愛想を尽かし始めます。 その結果、ぼくが任せてもらえる仕事は、少しずつ、しかし着実になくなっていきました。

最終的に、ぼくがまともにできるのは資料のコピー取りだけとなりました。しかし、そこでも「両面印刷」といわれていたのを「片面印刷」に聞き違え、紙と時間を無駄にする結果に終わりました。

そこであきれた先輩に言われた言葉が、冒頭の言葉です。「おまえコピーすらまともにできないんだな。もう任せられる仕事ないわ。帰れよ、もうあとやっとくから。」でした。

クライアントからのヒアリングや海外メンバーとの折衝、パワーポイント資料の作成やエクセルでの分析はおろか、コピー取りすらまともに出来ないという烙印を押されてしまったぼく。本格的に仕事がなくなっていきました。

仕事を振っても思うようにアウトプットが出てこない部下に、上司が仕事を渡すことはありません。最終的に自分でやったほうが早いのですから、仕事を振ることで余計なエネルギーと時間を使うようであれば本末転倒です。

「上司はちゃんと部下の成長を考えるべき!」というのは正論なのですが、上司も余裕はないものです。部下の成長のためとはいえ、時間や費用を浪費するわけにはいかないと考えるのが普通でしょう。

もらえる仕事が少なくなったので、ぼくは残業する必要がなくなりました。特に感謝されるわけでもなく付加価値もない仕事をやり、定時で帰ることが増えました。仕事ができなすぎてヒマになったのです。

あのころは仕事が死ぬほど嫌いだった。

「早く仕事から帰れる」というのは非常に幸せなことであるとされています。ぼくも現在は家族がいますし、できることなら早く帰りたいです。「愛する家族と一緒にご飯を食べたりゆっくりおしゃべりしたりする時間はかけがえのないものである」という意見には徹頭徹尾賛成です。

しかし、毎日定時帰りをしていたあのとき、ぼくが感じていた感情は「幸せ」ではありません。真反対の「苦痛」でした。

「一生懸命仕事をしてクライアントのためになりたい」「若いうちに価値のある仕事をたくさんこなして一人前のコンサルタントになりたい」、そう愚直に信じてコンサルタントになったぼくにとって、「全然使えない、仕事を振るにも値しないヤツ」という烙印を押されるのはどうしようもなくつらいことだったのです。

定時で帰って勉強するにしても、「そんなことをしたってどうせおまえはダメなままだ」という声が聞こえてきて身が入らない。結局ダラダラしてしまい自己嫌悪に陥る毎日でした。

あんなにあこがれていたコンサルタントという仕事が、ぼくは嫌いになっていきました。いや、正確に言うと「仕事」という活動自体が嫌いになっていきました。

それは誰のせいでもありません。まともにアウトプットを出せず、改善もできなかった自分のせいなのです。そのときの上司ももちろん他にやり方や言い方はあったでしょうが、それを責められる人はほとんどいないのではないかと思います。

ぼくは、仕事が嫌いになってしまいました。

仕事を楽しめる人を増やしたい。

ぼくの仕事に対する考え方やスタンスは、このころの経験がもとになっています。いくら良い給料をもらっていても、早く帰ることができても、「周りの人に貢献している・自分が新しいことを学んでいる」という実感がなければ、仕事はとてもつまらないものになってしまうのです。

あのころのようなつらい思いをするのは過去のぼくだけでいいのです。どうしたら仕事を楽しめるようになるのか、結果を出せるようになるのか、ぼくはこれからもどんどん考え、実行していって多くの人に伝えていけたらいいなと思っています。

★次はこの記事をどうぞ