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Outward Matrix

戦略コンサルタントのブログ。コンサルティング業務、英語、戦略策定、採用、育成等について書いています。

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「好きなことをする」だけの人がいずれ詰む理由を解説する

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こんにちは、Shin(@Speedque01)です。最近よく目に入るようになってきた仕事に対する意見のひとつに、「好きなことを仕事にしよう」というものがあります。

「好きなことを仕事にすれば、誰よりも熱意をもってそれに打ち込むことができる!そうすれば他の人に負けることもないし、ロボットに奪われるようなこともなくなる!」という論調ですね。

基本的にはぼくは上記に賛成です。しかし、これがいったいどういう意味を持つのかしっかり理解しないと、いずれ詰むことになります。

快楽には消費的なものと生産的なものの二種類がある

「好きなことを仕事にすべき」論を丸呑みしている人にまず伝えたいのは、「快楽には消費的なものと生産的なものの二種類がある」ということです。

他人が作ったものを消費することで得る快楽が消費的快楽です。おいしいものを食べたり漫画を読んだりテレビを見たり、そういうものが消費的快楽です。

逆に、自分で何かを作ることで得る快楽が生産的快楽です。料理を作ったり文章を書いたり、世界にプラスを生み出す行動が生産的快楽になります。

「好きなことを仕事にする」という意見は非常に甘美です。自分の快楽となること、ストレスがないことをし続けてしかもお金が貰える・・・こんなおいしい話はありません。

しかし、これが当てはまるのは「生産的な行動」のみ。いくら消費をし続けても自分のお金や時間が浪費されるだけで、仕事になんかなるはずがありません。

「好きなことを仕事にしたい!」と考えること自体は素晴らしいですし、ぼくもそうできたらいいなと考えています。しかし、その言葉にだまされて、ただただ快楽を伴う消費行動を続けているようだと、遅かれ早かれすべてのリソースを使い果たして詰むことになります。

ぼくの観測範囲内でも、「好きなことをする」という言葉に踊らされて、にっちもさっちもいかなくなってしまった人が散見されます。そういう人に限って、消費的快楽と生産的快楽の差を認識していなかったり。

好き嫌いは揺れ動くもの

人間の感情や選好というものは、そのときどきの状況によってどんどん変わっていきます。1ヶ月前に大好きだったものも、今では興味をなくしてしまった・・・という経験は皆さんもあるのではないでしょうか。

そうだとすると、「好き」という感情だけをベースに仕事を選ぶというのはいかがなものでしょうか。少し前までは「好きだから」一生懸命できていたけど、ふとした調子に「好きでなくなってしまった」。その場合、熱意を注いで仕事を続けることは出来るのでしょうか。おそらく答えはNoですね。

そういう人の場合、さくっと転職しがちです。「自分が本当に好きなものはこれなんだ!」的なかんじですね。で、また同じことを繰り返します。

「好きかどうか」を仕事を選ぶ際の選考基準にすることは悪くはないです。あまりにもやりたくない仕事に熱意を傾けるのは難しいことですからね。ただ、「好き」だけを基準にすると、その感情が揺れ動いた際に、引き続き熱意を持って仕事をすることができなくなります。

「好き」だけを基準にして仕事を選び、ふとその「好き」が揺らいでしまったとき、その人は果たして生産的活動を続けることができるのでしょうか。

生産すること&「好き」以外の基準を持つこと

ぼくがいいたいことをまとめますと、下記2つになります。

  1. 消費的快楽には目を向けず、徹底して生産をしてそこに快楽を得ること
  2. 「好き」以外の確固たる基準を持っておくこと

「好きなことだけをして生きていきたい」といいながらダラダラ生きている人よりも、少々辛いことがあっても上記2つに則って必死にがんばっている人のほうが活躍していますし、ぼくも好きです。

ちなみに、「好きかどうか」以外の基準で主なものは何かちょっと考えてみたのですが、例えばこんなものですね。

  • 自分が得意なことかどうか
  • 将来自分が目指す方向と合致しているか
  • どれだけ多くの人のためになることができるか

参考になればうれしいです。

次はこちらの記事をどうぞ:「好きな仕事を探す」より、「仕事を好きになる力」をつけようよ - Outward Matrix