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Outward Matrix

戦略コンサルタントのブログ。コンサルティング業務、英語、戦略策定、採用、育成等について書いています。

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芥川賞「コンビニ人間」感想。これは問題作だ(ネタバレ有)

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こんにちは、Shin(@Speedque01)です。最近はめっきり小説を読まなくなってしまったのですが、ふと2016年の芥川賞受賞作「コンビニ人間」をKindleでダウンロードして読んでみました。

こちらです。

良くも悪くも衝撃的な作品でした。問答無用にオススメ。

※以下ネタバレありです。ご了承ください。

恋愛も殺人も謎解きもないただのコンビニ店員の物語・・・なのだが。

あらすじはこんなんです。
※以降の太字は本ブログの筆者によるものです

ヒロイン古倉恵子は三十半ばだが、正規の就職をせずに大学時代に始めたコンビニのアルバイトを続けており、恋愛経験も皆無であった。

子供の頃から普通ではないと思われていた古倉は、周囲の人たちの真似をしたり妹の助言に従ったりすることによって常人を何とか演じ続けてきたが、加齢によりそのような生き方も限界に達しつつあった。

そんなとき、就労動機を婚活だと言った後に解雇された元バイト仲間の白羽という男と再会し、彼と奇妙な同居生活を始める。それを「同棲」と解釈して色めきたった周囲の人たちの反応に若干は戸惑いつつも冷静に彼らを観察して、白羽との関係を便利なものと判断する。

のちに白羽の要求によりコンビニを辞め、就活を始めるが、たまたま立ち寄ったコンビニで、コンビニ店員としての自分を強く再認識し、白羽との関係を解消して、コンビニへの復職を心に誓う。 

コンビニ人間 - Wikipedia

話の中身は、上記ですべてカバーされてしまっています。コンビニ店員を長年やってきた主人公が、一度コンビニを辞め、その後考え直してコンビニへの復職を決めたところで終わるだけ。それだけのお話。

ただ、主人公である恵子、元バイト仲間の白羽、バイト先の店長やその他の友人たち、全員が全員おかしいのです。しかも、そのおかしさがとことんリアルなのです。

その圧倒的なリアルさ、「日本社会」や「現代」という枠を飛び越えた「人間全体」の気持ち悪さを書ききった怪作、それが「コンビニ人間」です。

主人公、恵子は果たして「人間」なのか・・・?

著者の村田氏本人がモデルだと思われる主人公恵子。首尾一貫している合理性を持ち、しばしばそれが一般的な「常識」を遥かに飛び越えていきます。

それを象徴するのが、彼女の幼少期のエピソードです。

例えば幼稚園のころ、公園で小鳥が死んでいたことがある。どこかで飼われていたと思われる、青い綺麗な小鳥だった。ぐにゃりと首を曲げて目を閉じている小鳥を囲んで、他の子供たちは泣いていた。

「どうしようか……?」一人の女の子が言うのと同時に、私は素早く小鳥を掌の上に乗せて、ベンチで雑談している母の所へ持って行った。

「どうしたの、恵子? ああ、小鳥さん……! どこから飛んできたんだろう……かわいそうだね。お墓作ってあげようか」

私の頭を撫でて優しく言った母に、私は、「これ、食べよう」と言った。

「え?」

「お父さん、焼き鳥好きだから、今日、これを焼いて食べよう」

「普通」の子どもであれば、下記のような思考回路をたどるはずなのです。

  1. かわいい小鳥が死んでいる
  2. かわいそうだ、悲しい
  3. お墓を作ってあげよう

しかし、恵子はそうではありません。

  1. 鳥が死んでいる
  2. お父さんは焼き鳥が好きだ
  3. お父さんのために死んだ鳥を焼いて食べよう

そこには一貫した合理性が確かに存在します。しかしながら、その合理性は社会の一般的な通念からするととても受け入れられないもの。恵子は、いわゆる「サイコパス」の一種と考えられます。

このような言動や行動を繰り返し、学校や両親から何度も注意をされたりカウンセリングに連れて行かれた恵子は、徐々に「自分は何かがおかしい」ということを自覚していきます。

しかしながら、どうすればそれが治るのかわからない、そもそも何がおかしいのかも理解できない恵子は、「自分からは何もしない、喋らない」という処世術を身につけました。

このような思考回路を恵子が持つようになったのはなぜなのか、その理由はわかりません。きちんとした両親もいますし、妹は「ちゃんと」育っています。

果たして、恵子は人間として社会に溶け込むことを諦めかけていました。

こうして「コンビニ人間」は誕生した

その中で彼女が見つけたのが、「コンビニ店員」という仕事です。

社員の真似をして、勢いよくお辞儀をした私に、女性は笑って「ありがとうね、またきます」と言い、レジから去って行った。

横で立って袋詰めをしていた社員が、 「古倉さん、すごいね、完璧! 初めてのレジなのに落ち着いてたね!その調子、その調子!ほら、次のお客様!」

社員の声に前を向くと、かごにセールのおにぎりをたくさん入れた客が近づいてくるところだった。

「いらっしゃいませ!」

私はさっきと同じトーンで声をはりあげて会釈をし、かごを受け取った。

そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。私は、今、自分が生まれたと思った。世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった。

店の売上を上げてお客様の役に立つという明確な目的と徹底したマニュアルがある「コンビニ店員」という仕事は、恵子にとってはまさに天職。「コンビニ人間」が生まれた瞬間でした。

そして彼女はなんとそのコンビニで18年間つとめ、36歳になる現在もずっとそこで働き続けています。独身で恋愛経験もなく、趣味もありません。ただコンビニで働くためだけに生き、人生からコンビニ以外の要素を排除する、まさしく「コンビニ人間」になったのです。

「異物」を排除する「普通」の人々

コンビニ人間として何一つ不満を持たず働いてきた恵子ですが、歳を経るにつれて周りからの雑音が無視できないレベルになっていることに気づいてきます。

「ええと、他の仕事は経験がないので、体力的にも精神的にも、コンビニは楽なんです」

私の説明に、ユカリの旦那さんは、まるで妖怪でも見るような顔で私をみた。

「え、ずっと……? いや、就職が難しくても、結婚くらいした方がいいよ。今はさ、ほら、ネット婚活とかいろいろあるでしょ?」

私はユカリの旦那さんが強く言葉を発した拍子に、唾液がバーベキューの肉の上に飛んで行ったのを眺めていた。食べ物の前に身を乗り出して喋るのはやめたほうがいいのではないかな、と思っていると、ミホの旦那さんも大きく頷いた。

「うんうん、誰でもいいから相手見つけたら? 女はいいよな、その点。男だったらやばかったよ」

「誰か紹介してあげたらー? 洋司さん、顔広いじゃない」

サツキの言葉に、シホたちが、「そうそう!」「誰かいないの、ちょうどいい人?」と盛り上がった。

36歳でコンビニのアルバイト以外したことがない、独身で付き合った経験もない、そんな「異物」である恵子に、「普通の人々」は容赦なく干渉してきます。別の登場人物である白羽は、その様を「人生を強姦する」という言葉で表現します。

皆が足並みを揃えていないと駄目なんだ。何で三十代半ばなのにバイトなのか。何で一回も恋愛をしたことがないのか。性行為の経験の有無まで平然と聞いてくる。『ああ、風俗は数に入れないでくださいね』なんてことまで、笑いながら言うんだ、あいつらは!

誰にも迷惑をかけていないのに、ただ、少数派だというだけで、皆が僕の人生を簡単に強姦する

そんな状態に面倒くささを感じ始めていた恵子は、「ある手段」により「普通側」に行こうと試みます。

「コンビニ人間」という異物である恵子は、果たして「普通の人間」 になれたのか。よければ実際に読んでみてください。

何よりも気持ち悪いのは「普通」の人々

この小説に出てくる登場人物は、どこかおかしいです。主人公である恵子も、重要な登場人物である白羽もとことんおかしいです。彼らに嫌悪感を抱く人も多数いることでしょう。

しかしながら、読んでいて最も気持ち悪いと思ったのは、「どこもおかしくない普通の人々」です。そして、ぼくはおそらくその「普通の人々」の一員だということも、その気持ち悪さを助長しました。

「おかしい」側である恵子や白羽の存在を異物として排除し、異常な行動があったら土足で彼らの内面に踏み込み「アドバイス」をする普通の人々。彼らは、「恵子や白羽のため」といいながら、「異物を排除したい」という遥か昔からプログラムされている人間の本能にしたがって動いています。

この本を読んでいると、「多様性を尊重する」ということなど、人間には不可能なのではないか、そんな思いにとらわれます。

恵子のように「おかしさ」がぶちぬけてしまっていて、最終的に「人間として普通であること」をスパッと切り捨てることができる人であれば、それでも幸せに生き抜いていくことができるでしょう。

しかし、白羽のように「おかしいけれども普通になりたい、認められたい」というジレンマにはまってしまっている人は、いったいどうすればいいのでしょう。そういう少数派の人は、逃げることも出来ず、人生を強姦されながら生きていくしかないのでしょうか。

問題作です。