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Outward Matrix

戦略コンサルタントのブログ。コンサルティング業務、英語、戦略策定、採用、育成等について書いています。

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人の役に立つことこそが、ぼくたちを救う唯一の解

人間関係

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こんにちは、Shin(@Speedque01)です。今後数百年でも使いきれないぐらいカネがあり、仕事も特にしていないため時間もふんだんにある資産家がいるとします。

美味しいものをいくらでも食べることができるし、いろんな国へ旅行に行って美しい景色を見ることも自由でしょう。金にモノを言わせて美人のモデルや女優とたくさんデートをすることもできるかもしれません。外に行きたくないときは、自分の豪邸に設置したホームシアターで映画を見まくってもいいでしょう。

はたして彼は幸せなのでしょうか。

消費だけをし続ける生活は空虚そのものである

「人生最後にして最大のモラトリアム」といわれることがある大学生活ですが、ぼくの大学生活は完全に灰色でした。

取らなくてはいけない単位は何となくとってしまい、時間はふんだんにある。アルバイトや奨学金でそこそこ潤ってもいる。友達と酒を飲んだりカラオケに行ったりしてすべてのリソースを消費する生活。

パッと見羨ましいかもしれませんが、ぼくにとっては真綿で首をじわじわ絞められるような、そんな窮屈で苦しい時代でした。

それは、「誰かのためになる、自分が生きている社会に貢献する」という人間の本能に反した生き方をしていたからです。

人の役に立つことは何よりも自分のために必要

情けは人のためならず、という諺があります。

たまに「人にやさしくしても、結局はその人のためにならないから、あまり助けすぎてはだめだよ」と誤解している人がいますが、本来の意味は「人にやさしくすると、まわりまわって自分に返ってくるよ(ひとのためではなく、自分のためになるよ)」です。

ぼくはさらに一歩踏み込んでこの諺を解釈しています。それは、「人のためにした行動は、即座に自分自身の生の充実感に変換される」ということです。

古来から人間は"生き抜くこと"を基本的かつ究極的な目標として掲げ、それを達成すべく自らの機能を変化させていったと考えられます。

※なぜ生物は自らの生存を究極目標として掲げているのか、という命題についてまともに答えることができている文献を未だ知りません。哲学的方面でも科学的方面でも、何か参考になる文献があればぜひご教示下さい。

生き抜くために何をするべきか。

「群れを作って協力し合う」というのが最もシンプルかつ効果的な方法であるということを、ある時期から人間は気づきだしたのでしょう。正確に言うと、協力し合う大切さに気付くことができた種のみ、自然淘汰からエスケープすることができた。

その本能が現代を生きる私たちの内部にもプログラムされており、「単純に何かを消費する」「人から奪い続ける」「堕落する」という行動をとった時に、「空虚感」という悪感情という形をとって警告が与えられます。

別に生まれつき豊富なリソースを有していれば、自分自身の生存が脅かされることはありません。いや、日本であればリソースがなかったとしても、贅沢をせずに「ただ生きること」は可能だといえます。

しかしながら、それでもぼくたちは古来からの警告を無視することができません。

何もしていない、人から奪うだけの毎日を過ごしていると、空虚感や焦りといった感情が自然と湧き上がり、なにかしら行動せよとぼくらを急き立てるのです。このひっきりなしの警告を無視するために、ぼくたちができることはただ一つ。

「奪う側から与える側に回ること」です。

人のために、何かをする。仕事でもいいし、芸術活動でもいい。単なるボランティアでもいいし、親や恋人、友人の話を聞いてあげることでもいい。

何かしら人の役に立たないと、ぼくたちは生きている実感を得ることができないのです。空虚感や焦りをなんとかするために、時間や金をさらに使いまくって一時の快楽に耽っても、それが終わった時にぼくたちを襲うのはさらなる空虚感や焦りです。

目の前の快楽に溺れる前に、自分の力でだれかを助けてみる。それこそがぼくたちを灰色の生活から救い出す唯一の解なのではないでしょうか。

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